スペイン風邪

1918年3月 アメリカの陸軍基地から始まった、と言われている。

米国内に拡がった。これが第1波。

時は第1次世界大戦のさなか、

アメリカから多くの兵隊がヨーロッパへ参戦したのだが、

これが、『ウイルスの運び屋』となってしまった。

大人数が集まる塹壕、兵舎、輸送船などはウイルス培養には

格好の場所になってしまった。

西部戦線、ヨーロッパ全域、更に、アジア、アフリカ、南半球に拡大して

世界的なパンデミックとなってしまった。これが第2波。

第2波では致死率が高く、発症後12時間で死亡というケースも多数発生したそうだ。

ヨーロッパ戦線では全兵士の半数が感染し、総戦死者の6割(約1000万人)が戦病死で、

その1/3はインフルエンザが原因とされており、大戦終結を早めた一因とも言われている。

交戦国は感染爆発を隠して、中立国だったスペインに関する報道が先行したため、

『スペイン・インフルエンザ』と呼ばれた。

第2波は18年12月に収束したが、これでは終わらず19年春から第3波が襲いかかり

世界中を覆いつくした。

死者の数、欧州で230万人、インド1850万人、米国68万人、アフリカ238万人、

中国400万~950万人、日本39万~45万人と言われている。

高齢者よりも青年・壮年の犠牲者が多いのが特徴だった。

著名なドイツの社会学者・マックスウェーバー、オーストリアの画家・クリムトも

命を落とした。

日本でも影響は大きく、わずか3週間で全国に拡大し、内務省の記録では

患者数2380万人、死者38万9000人、国民の4割が感染し、死亡率1.63%。

当時、医療設備が整っていなかった地方では特に悲惨な状態だったそうだ。


当時はウイルスを抑え込む特効薬もワクチンもなく、終息は多くの人が

一定程度の免疫を獲得したためとも言われているが、

確かなことは判っていない。

























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この記事へのコメント

2020年05月03日 11:56

こんにちわ。

私の記憶が合っているか自信がないのですが…
島村抱月 氏もスペイン風邪に罹患されたことで亡くなられたかと。
松井須磨子さんが 同氏の亡骸に すがり号泣されていた、という技術的を以前どこかで目にしたことがあります。

コロナウイルス災禍に在る今、命(感染)への危機感に温度差があるようで。そこに怖さを感じている毎日です。
有縁千里
2020年05月03日 18:31
小枝さん
コメント有難うございました。
ご指摘の通り、島村抱月もスペイン風邪で亡くなっています。